https://rpx.a8.net/svt/ejp?a8mat=358O9G+EWFKTU+2HOM+6G4HF&rakuten=y&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fhb.afl.rakuten.co.jp%2Fhgc%2F0ea62065.34400275.0ea62066.204f04c0%2Fa19020173820_358O9G_EWFKTU_2HOM_6G4HF%3Fpc%3Dhttp%253A%252F%252Fwww.rakuten.co.jp%252F%26m%3Dhttp%253A%252F%252Fm.rakuten.co.jp%252F

「食べることは生きること 生きることは食べること」

NHKの「きょうの料理」の講師で、

「ばあば」と呼ばれて親しまれている鈴木登紀子さんは、

御年94歳にして現役の料理研究家です。

上品な口跡も姿も、とてもお歳には見えません。
「きっと順風満帆の人生なんだろうな」と羨ましく思っていましたが、

先日のテレビ番組で、85を過ぎてから複数のがんを患い、

今も闘病中で、心筋梗塞にもなったと知りました。

 

「みんな、びっくりしてちょうだい」と、

大量の薬をテーブルに広げられたのには、本当にびっくりしました。

びっくりしたのは、薬が大量だったからではありません。

ばあばが、まるで他人事のように、むしろ楽し気だったことです。

司会者が心境を尋ねると、

「だって、むこうからやって来るんだから、しょうがないじゃない。

私は呑気なのね。」と答えていました。

そう語るばあばの顔は、とても穏やかで綺麗でした。

いいお顔でした。

 

リンカーンの言葉でしたか、

「40過ぎたら、自分の顔に責任を持て」と言われます。

生まれつきの顔の造作は何ともしがたいですが、

こんないい顔になりたい、と思ったことでした。

 

「食べることは生きること。生きることは食べること」

ばあばの言葉です。
あと何回ごはんを食べられるのか、誰にも分かりません。

「ただ空腹を満たすだけのごはんなら食べないでおこう」

「一食一食を大切にしよう」と思いました。

でも、やっぱり空腹には勝てませんね。

ついさっき、空腹を満たすだけのバナナを食べちゃいました*1

*1:+_+

人生は「チョコレートの箱」?「風まかせ」?

 モテないキャラのお笑い芸人・山里亮太さんと、

モテ女優と評判の蒼井優さんの結婚のニュースは

意外過ぎて、びっくりしました。

でも、二人そろっての記者会見は、とても自然で微笑ましくて、

お似合いのカップルだなあ…と胸がキュンキュンしました。

山里さんの「一生懸命やってきたら、こんなご褒美があった」

というコメントには、実感がこもっていましたね。

若き日のトム・ハンクス主演の映画「フォレスト・ガンプ 一期一会」に

こんなセリフがあります。

「人生はチョコレートの箱。開けて見なければわからない。」

山里さんは、まさに、こんな心境だったのではないでしょうか。

 

映画の冒頭とラストは、一枚の鳥の羽根がクルリクルリと風に乗って飛ぶ

印象的なシーンでした。

羽根はどこへ飛んでいくのか、どこに着地するのか、風まかせ。

人生もまた同じだ、ということを伝えているのでしょう。

 来し方を振り返ると、追い風もあれば、逆風もありました。

竜巻に巻き込まれたような日々もあれば、

無風の穏やかな日々もありました。

これから先も、いろんな風に吹かれて生きて行くのでしょうね。

 

「風」と言えば、ちょっと話は逸れますが、

最近のマスコミの動きを見ていると、「風向き」ということを

思わずにはいられません。

それまで絶賛していたのに、ちょっとしたきっかけから

一斉にバッシングが始まる。

一方では、これでもかとバッシングしていたのに、

掌を返したように持ち上げ始める。

まるで風向きによって、なびく向きが変わるススキのようです。

でも、ススキをなびかせるのは自然の風ですが、

マスコミの風向きは、人間が作っているのです。

どのチャンネルを回しても同じ論調で、

それを観ている私たちも、同じ方向になびいています。

これって、ちょっと怖いな、と思いませんか?

「風評」という言葉もあります。

何が真実か、分かりにくい世の中ですが、

風に足をさらわれないようにしたいものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ル・サロン展」銀賞おめでとう!

「ル・サロン」という名称だけは聞いたことがありましたが、

美術に疎い私は、それがどれほど権威があるものか

知りませんでした。

その「ル・サロン展」に、友人の息子さんが入賞したと聞き、

さっそくネットで検索して、まあ、びっくり!

1667年、フランスのルイ14世の提言によって創設されたもので

マネ、モネ、ミレー、セザンヌ…といったそうそうたる画家たちを輩出した

世界最古の格式ある公募展でした。

「ル・サロン」に落ちた画家たちから印象派が生まれた、

という曰くがあるそうです。

 

その「ル・サロン展」に、数年前には銅賞を、

そして今回は銀賞に輝いたのです。

快挙です!

私の息子ではないのに、誇らしい気もちになるのですから、

母親である友人は、どんなに嬉しく誇らしいことでしょう。

友人の今は亡きご主人もまた、画家さんでした。

その息子さんが、しっかり跡を引き継いで、

着々と夢を実現しているのですね。

 

友人のメールに、こんなことが書かれていました。

「夫がなし得なかったことを、息子が着実に成し遂げている。

喜んでいるのか、悔しがっているのか…。」

私は、返信で断言しました。

「悔しがっていると思うよ。

それが、T君への何よりのプレゼントだよ」って。

 

ずっとずっと昔、私がひとつ夢を叶えて東京に行った時、

友人の家に泊めて貰ったことがあります。

自分のことのように喜んでくれる友人に、ご主人は

「悔しくないのか?」と言われたそうです。

その話を聞いたとき、ああ、ご主人は本物の芸術家だ、

と思ったものです。

息子の快挙は、父親としてはうれしいはずです。

でも、同じ芸術を志すものとしては、悔しいのではないでしょうか。

 

父親の大きな背中を追いかけ続けた息子。

いつの間にか追いつき、追い越したかもしれない息子。

そんな物語が浮かんできます。

でもねえ、私はこの物語に、こんなセリフを書き加えたいな。

「父さんを追い越したと思ってるとしたら、まだまだだね。」

 

がんばれ、Tくん!

おめでとう!

 

 

 

 

 

 

朝ドラ「おしん」にはまっています。

昭和58年~59年に放送された「おしん」が、

現在BSで、朝7時15分から、何度目かの再放送をしています。

視聴率60%超えは、テレビドラマの最高視聴率記録だそうです。

 

そんな人気ドラマを、私は今まで観たことがありませんでした。

敬遠していた、というのが本音です。

「様々な苦難を乗り越え、健気に生きる女性の一代記」には

あまり興味がわかなかったし、何よりも、

朝から暗いドラマを観たくなかったからです。

でも、「おしん」は国民的な人気ドラマとなり、

外国でも評判になっていきました。

 

実は橋田寿賀子さんの脚本が苦手なのです。

でも、なぜ、こんなに多くの人がはまるのだろう…。

きっと、何かがあるはずだ。

そんなドラマを、食わず嫌いで観ないのはもったいない。

そう思ったので、再放送された時、途中から観てみたのです。

でも、やっぱりついていけず、観るのをあきらめました。

はまりたいのに、はまれない自分に、がっかりしました。

 

それが令和になって、朝ドラ「なつぞら」が始まり、

BSで「なつぞら」の前に「おしん」も始まりました。

ついでと言ったら、作者や出演者に悪いけれど、

何気なく観始めたのです。

 

はまりました!

こんなに骨太のドラマとは思いませんでした。

現在の放送は、田中裕子さんが「おしん」を演じています。

これから、まだまだ波乱の人生が続くのでしょう。

おしん」で暗ーくなっても、大丈夫。

なつぞら」で、すーっと爽やかになります。

朝の楽しみができました。

 

やっぱり「食わず嫌い」は損をしますね。

苦手なことも、「嫌いだから」とか「興味ない」と一刀両断にしないで、

まずはチャレンジしてみようと思ったことでした。

 

 

 

 

 

 

 

脳は騙される?

今日ほどストレスが多く、

生きにくい時代はないのではないでしょうか。

新聞広告などを見ても、如何にストレスを解消するか、

人間関係をスムースにするか、といった本のタイトルを見ない日がありません。

結構な値段なのに、この手の自己啓発本が次々に発売されるのは、

求めている人が大勢いるということなのでしょう。

 

私も、タイトルにつられて読んだことがあります。

タイトルは変われど、内容は似たり寄ったり。

一瞬その気になりますが、その場限りです。

でも、例え一瞬でもその気になったのなら、

自己啓発の一端を担ってくれたのでしょうね。

人間って、いえ私は、そんなに(全然)強くありません。

「こんな本、読まなくっても、わかってる」

そう強がっても、くじけそうになった時、
つい手に取りたくなるのは、仕方がないのではないでしょうか。

 

落ち込んだとき、口角を上げて笑う表情を作るといいと

聞いたことがあります。

脳が騙されて、気持ちが上向きになるというのです。

試したこともありますが、半信半疑でした。

「そんなことくらいで、脳が騙される?」って。

 

でも、先日観た外国のドキュメンタリーは、

なかなか興味深いものでした。

怒りと恐怖と不安が体に引き起こす現象は、
興奮している時と同じだというのです。
宙づりになって滑空するアトラクションに、
女性キャスターが挑戦する前、
「I feel exciting!」「私はワクワクしてる!」と
声に出していました。
すると、あんなに怖がっていたのに、終わった後は、
「楽しかった!」と興奮冷めやらぬ表情になっていました。

脳って、自分の脳に騙されることがあるんですね。

脳が信じるまで、何度も口にすることがコツだそうです。

 

でも、私の脳は、なかなか騙されてくれません。

「お前は、まだまだ若い!」と何度言っても、

「鏡を見たかね?」とささやく声が……*1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:+_+

高齢ドライバーの免許返納について

最近、高齢ドライバーによる痛ましい交通事故のニュースを

よく見聞きします。

それに伴う免許の返納に関する報道を見るたびに、

いつか、いえ、そんなに遠くない将来、自分にも

そんな日が確実に来ると思うと、とても他人事とは思えず

切なくなります。

先日、実際に、そんな切ない場面を見てしまいました。

 

転居の荷解きに明け暮れた連休がやっと終わり、

さっそく市役所で住所変更の手続きを済ませ、

その後、警察に免許証の住所変更に行きました。

順番を待っていると、80過ぎかと思われる男性が、

免許更新のための視力検査を受けておられました。

ところが男性は、女性職員の指示がよく理解できない様子です。

何とか輪っかの切れ目を言えばいいということがわかったのですが、

「上!」「違います」

「下!」「違います」

「わからん」「じゃあ、これは?」

「ぜんぜん見えへん」

こんな、やりとりが続きました。

職員は粘り強く対応していましたが、ついに言いました。

「おとうさん。これが見えなかったら更新できませんよ。

今日は調子悪いみたいだから、調子のいい時にまた来てください」

男性の表情は見えませんでしたが、背中がさみしそうでした。

きっと男性は、もう来ないだろうと思いました。

私のとなりに座っていた女性が、

「免許、返納したらいいのにね」と私に言いました。

私は、あいまいに頷くしかありませんでした。

 

確かに歳を取れば、とっさの判断力も視力も衰えます。

事故の危険性も増すでしょう。

でも私は、「ン歳になったら免許を返納すべし」といった意見には

抵抗があります。

歳を取るほど、車が必要だと実感しているからです。

膝や腰が痛くても、車なら座って目的地に行けます。

電車の乗り継ぎを考えただけで疲れてしまいそうな場所でも、

車なら楽勝です。

何よりも、車を運転する楽しみがあります。

実は私、メカのことはわからないけど、

運転が大好きなんです。

(まだ女性ドライバーが珍しかった19の時、自動車学校で

なみいる男子大学生たちを押しのけて最高点で合格したのが

私の一番の自慢なんです。すみません、つい…)

こんないいものを、年齢だけで判断して

返納を強制されたくありません!

それに、事故は高齢者が特に多いわけではない、というデータを

何かで見たことがありますしね。

 

私は、できれば死ぬまで運転していたい。

でも、車は一つ間違うと凶器になってしまいます。

大津の園児が犠牲になった事故の映像は、本当に痛ましい…。

いつの日か、自分の運転に不安を感じたら、

その時は潔く、免許を返納しようと思っています。

そう思っていますが…できるかしら?

 

いや、出来ます。

しなければなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和になりました!

元号が発表されて一か月がたち、

「令和」に馴染んできたところでの改元でした。

日本史に疎い私ですが、歴史的瞬間に立ち会えて、

何だかワクワクしました。

 

世の中は改元と10連休の真っただ中。

テレビは終日、改元を祝う人々の姿や、

西へ東へ地球の裏へと飛び出していく観光客の

楽しそうな笑顔や、結婚式を挙げたばかりの

幸せそうなカップルを映し出しています。

そんな別世界のような光景を、段ボールの谷間で見ている私。

この連休は、引っ越しの荷ほどきで終わりそうです。

 

それにしても、断捨離は大変でした。

タンスや鏡台などの大型のものは、業者に頼みましたが、

45ℓのごみ袋が、いったい幾つあったでしょう。

母の想いがいっぱい詰まった着物たちも

思い切って手放しましたが、その査定額の安さに愕然としました。

古本屋さんに送った段ボール8箱分も、

恐らくただ同然でしょうね。

 

 

でも、ひと箱の段ボールを整理するたびに、
ひと箱分の空間が広がっていくのは、
ちょっとした快感です。

「断捨離をすると、生活が劇的に変化する」と

何かで読みました。

要らないものが占領していたら、幸せの女神さまも

尻込みしてしまうのかもしれませんね。

幸せの女神さまが、どうか訪れてくださいますように。

 

不思議なもので、新天地の一日目から、あまり違和感がありません。

昔飼っていたハムスターが、新聞紙とおがくずを上手にミックスして、

自分好みのベッドを作っていたことを思い出しました。

いまの私は、まさしくハムスター状態です。

動物も人間も、案外、順応性が強いんだなあ…と思いました。

 

取り留めもない文章になってしまいました。

さて、また荷解きをします。

 

今年もよろしくお願いします。

あれっ? 新年の挨拶みたいになってしまいました。

令和になっても、ときどきブログを のぞいてみて下さいね。

 

 

 

 

 

 

平成から令和へ 新天地へ 

平成も、あと10日となり、

「令和」に向けてカウントダウンが始まりました。

 

前のブログから、もう一か月も経っていたとは…。

実は、大きな断捨離を決行中で、

ブログをアップするゆとりがありませんでした。

今が山場で、段ボールの山に取り囲まれています。

全くの偶然で、改元に合わせたわけではありませんが、

「令和」の始まりの日を、新天地で迎えます。

転居は初めてではありません。

嬉しい転居も、寂しい転居もありましたが、

今回の転居は、「終活の第一段階」と意味付けています。

 

捨てても捨てても出てくるガラクタたち…。

こんなに要らないものに囲まれていたのか、と

唖然としました。

でも、このガラクタたちは、その時代には必要だったんですね。

今注目の「こんまり流」断捨離によれば、

断捨離は、ただ捨てることではなく、見つめ直すことだそうです。

愛しいガラクタたちから、いろんなメッセージを受け止めました。

そして、「ありがとう」と声をかけて、さよならしました。

 

断捨離は体力も気力も使います。

カウントダウンが始まった今は、疲労のピークです。

でも、家がすっきりしていくのはとても気持ちがいいものです。

嬉しいことに、知らないうちに体重が減っていました(^_-)-☆

生活のぜい肉と身体のぜい肉が、一緒に落ちたんですね。

 

さあ、これから怒涛の日々が始まります。

これが平成最後のブログになると思います。

来月になったら、また読んで下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ、元貴乃花さんが絵本作家に?

先日、夕食後、ぼんやりテレビを観ていたら、

貴乃花(次から、元を取ります)さんが

次に何に転身するかという企画を放送していました。

特に興味はなかったけれど、

何度もCMでカットして焦らすという手口に

まんまとやられて、ついつい見入ってしまいました。

 

引退してからというもの、

政治家になるのではないかとか、何かと話題の貴乃花さんが

一体何に転身するのかと思ったら、

何と、絵本作家とは!

政治家になる、と言われるより驚きました。

 

いったいどんな絵本を創ったんだろうと興味津々。

ところが、番組は、あの手この手で引っ張るので、

絵本の紹介が始まる前に寝てしまって、見逃してしまいました。

いっしょに番組に出演していたタレントさんが涙したというので、

これは見ておかなくては、と思い、ネットで検索しました。

絵を描いた「鉄拳」さんで検索したところ、全部読むことが出来ました。

 

内容は、ひと言で言ってしまうと、

主人公をカエルにした貴乃花さんの自伝ですね。

貴乃花さんのファンなら、涙するかもしれません。

文章や構成について、突っ込み所はいっぱいありますが、

それは置いといて・・・。

 

私が、本当に突っ込みたいのは、貴乃花さんの言った

「絵本作家になります」という一言です。

これから「絵本作家なります」なんて悠長な話ではなく、

もう、ちゃんと絵本もできていました。

「絵本作家になりました」というべきだと思いましたね。

しかも、全国放送で、貴乃花さん自身が朗読する・・・。

これは、もう、完全に絵本の宣伝ではないですか。

 

私は、絵本作家や童話作家になりたい人を何人も知っています。

その夢の実現のために、日々研鑽している女性が、

「なります、と言って簡単になれるものじゃないのに」と

憤慨していました。

全く同感です!

 

でも・・・。

貴乃花さんは、相撲の世界で頂点を極め、

誰にも経験できない稀有の人生を送っています。

その人が書いたからこそ、需要もあり、価値があるのかもしれません。

貴乃花さんの絵本作家宣言で、絵本業界は大慌てだそうですね。

きっと、ベストセラー間違いなしなのでしょう。

何だかな・・・。

 

このブログ、何だか初めの勢いが無くなってしまいましたね(笑)

それにしても、モヤモヤする話題ではあります。

 

 

 

 

 

 

ブランコの思い出 その②

ブランコと言えば、忘れられない思い出が

もう一つあります。

 

6歳のころ、私は、幼稚園に続く一本道を

走っていました。

とても急いでいたことだけは覚えているのですが、

それがなぜなのか、理由が分かったのは

何十年も経ってからのことです。

 

母の話によると、その日、近所のおばあさんが

カンカンになって家にやって来て、こう言ったそうです。

「お宅の娘は、根性が悪い。

うちの孫が『待っとってー』と追いかけていくのに、

追いついたとたん走りだす。

それでまた『待っとってー』と追いかけると、

追いついたとたん走りだす。

孫が可哀想でしかたがなかった」と。

 

母は、この話を、私が大人になるまで何度もしました。

戒めの意味があったのだと思います。

その度に、私は身が縮む思いがしました。

可愛い孫をそんな目に合わせるなんて、

おばあさんがカンカンになるのも無理はありません。

私は、何て意地悪だったのでしょう。

どうして、待っていてあげなかったのでしょうか。

おばあさんが言うように、私は「根性悪」なのだと思いました。

でも、母がその話をするとき、

いつも微かな違和感がありました。

(私は、本当に、そんな意地悪をしたんだろうか…。)

何かが違うような気がしました。 

しかし、その何かがわからないので言い訳もできず、

モヤモヤを残したまま、何十年も時が過ぎていきました。

 

ある時、何がきっかけだったか忘れましたが、

あの日あんなに急いでいたのは何故か、突然思い出したのです。

一本道の先には、幼稚園があります。

私は、幼稚園のブランコに一刻も早く乗りたかったのでした。

 

そう言えば、一つか二つ年下の女の子がついてきました。

ここからは想像ですが、

「待っとってー」と女の子が言うので、私はじりじりしながら

女の子が追いつくまで待っていたのだと思います。

一刻も早く幼稚園に行きたい気持ちを押さえ、足ふみしながら・・・。

女の子が追いついたとたん、もう心と足は勝手に走り出し、

私の後ろを女の子が「待っとってー」と追いかける・・・。

それを繰り返しているところを、おばあさんは見ていたのです。

 

私は、あの時、女の子が追いつくのを待っていました。。

6歳なりに葛藤して、6歳なりの知恵で。

本当に心優しい、いい子だったら、ブランコは諦めて
女の子の手を引いて、一緒に歩いていくのでしょう。

でも私は、いい子ではなかったかもしれないけど、

少なくとも意地悪ではなかったのではないでしょうか。

ある意味、子どもらしい子どもだったと思いました。

そのことに気付いたとき、切なくなりました。

 

何十年も晴れなかったモヤモヤが、やっと消えました。

 この思いを伝えたいのに、母はもういません。

あの世で再会したら、

忘れずに、このことを言おうと思っています。