BS1スペシャル・喜劇「病は気から」に感動!

昨日、ビデオに撮ってあったBS1スペシャル・喜劇「病は気から」

という番組を観ました。

700人の高齢者による舞台の、本番までのドキュメンタリーです。

様々な人生を歩んできた700人が、それぞれの想いを

体全体で表現する姿は、圧倒的で、どんな名優の演技より

心を揺さぶられました。

 

ガンの治療中という70代の女性の、後遺症で腫れあがった片腕で

懸命に踊る姿…。

怒りの演技が出来ず悩む女性の、亡き夫の遺影に向かって

「なぜ先に死んだ!」と怒りの感情を爆発させていく姿…。

子どものころ、合唱の時間に「あなたは歌わなくてもいい」と

先生に言われたことがトラウマとなっている女性の、

歌いたいのに、どうしても発声ができなくて苦悶する姿…。

奥さんの看護をしながら、自らも腰に問題を抱えている80代の男性のダンス…。

様々な人生が、一つの舞台を創り上げていく様子は圧巻でした。

 

ラストは700人全員が舞台に立ち、踊りながら歌いました。

その一番後ろの端っこで、泣きながら歌っている女性がいました。

そうです、「あなたは歌わなくてもいい」と言われた、あの女性です。

ときおり声を詰まらせながら、晴れ晴れと顔を上げて歌う姿に、

もらい泣きしてしまいました。

本当に美しい姿でした。

 

「病は気から」というタイトルに、なぜ「喜劇」とついているのか。

そこに、製作者の深い意図があるのだと思いました。

生きる勇気を貰った番組でした。

再放送があったら、是非ご覧になって下さい。

 

誰の言葉でしたか、こんな言葉を思い出しました。

「病気になっても、病人にはならない」

ヘタレの私ですから、たぶん、いえ、おそらく

病人になってしまいそうです。

そうならないように、私の心の手帳に、

しっかりと書き留めました。

 

 

 

50、60は女の華

「50、60は女の華。大きな花が咲くわよ。」

親しくしていただいた詩人・S先生の言葉です。

 

𠮟咤とも励ましともとれるこの言葉に、

40代だった私は、どんなに励まされたことでしょう。

つぎからつぎに言葉を紡ぎ出し、

エネルギッシュで、自信に満ち溢れ、

S先生から弱気な言葉は聞いた記憶がありません。

親子ほど歳の離れた私に、

いつも本音で、いろんなことを話してくださいました。

深夜まで、3時間も電話でしゃべったりしたものです。

 

こんなことがありました。

 ある時、先生の詩について意見を求められたので、

遠慮しながらモヤモヤと感想を言ったところ、

「何が言いたいの」と、厳しく追及されてしまいました。

逃げられなくなって、つい「詩として面白くない」と本音を言ったら、

「ああ、それで分かった。」と、見事なほど潔く追及が止みました。

作品に対して自負を持つこと、同時に謙虚でなければならないということを

学んだ出来事でした。

後日、軽くおかえしがありましたけれど(笑)

 

そんなS先生が70代の時、

私が「50,60は女の華という言葉に励まされました。」と言ったところ、

先生は嬉しそうに声を潜めて、

「それが、70になっても花が咲いたわよ。」と仰いました。

80歳を過ぎてから亡くなりましたが、生涯現役を貫かれました。

 S先生、80になっても花が咲きましたね。

 

「50、60は女の華。70になっても80になっても花が咲く」

歳を取ることが、ちょっぴり楽しくなる言葉だと思いませんか?

 大きな花でなくていいから、どんな花でもいいから、

私なりの花を咲かせてみたいものです。

でも、何も努力しないで花が咲くはずもなく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「M-1ランプリ2018」の優勝者が決まりました

きのう12月2日、若手漫才師の登竜門「M-1グランプリ2018」が

テレビで放送されました。

3時間にも及ぶ番組を最後まで観て、「霜降り明星」という

コンビの優勝を見届けました。

 

漫才が好き、というわけでもないのです。

実のところ漫才にはあまり興味がなく、30年も大阪に住んでいたのに、

よしもと新喜劇に一回、梅田花月に一回行ったことがあるだけです。

それも、招待券を頂いたので、ほんの興味本位で。

でも、きのう、たまたまついていたテレビから

目が離せなくなりました。

10組の若いコンビの、将来をかけた漫才に圧倒されました。

こんな世界があったのか、と目を見張る思いでした。

かと言って、今まで興味なかったものが急に好きになるわけもなく、

やっぱり、あまり笑えませんでした。

漫才師は笑わそうとしていますし、私は笑いたいと思っているのに…。

「M-1」という、真剣勝負の舞台のせいだったのかもしれませんね。

 

ずっと前、一度だけ行ったよしもと新喜劇で、こんなことがありました。

テレビでおなじみの顔の漫才のあと、お笑い劇が続きました。

後ろの席のご夫婦が、ずっと笑っています。

「もうすぐ、アレが始まるぞ。」と、劇の展開も知っている様子。

実際にアレが始まると「ほらな。」と言って、またまた笑うのです。

ご夫婦が羨ましくなりました。

あんなふうに笑いたいのに、笑えない私は、

「こういうのが一番嫌な客だろうな」と、申し訳なさと

疎外感を感じながら舞台を見ていました。

すると、思いがけないところで、出演者がとちったのです。

それを何とかごまかそうとする出演者の素の顔が見えた時、

私は大きな声でケラケラ笑っていました。

なんだか、ほっとしました。

笑いのツボって、人それぞれなんですね。

どうやら私の笑いのツボは、ちょっとずれているのでした。

 

それにしても、人を笑わせるって、すごいことですね。

興味がなかった「お笑い」の世界の奥深さを、

改めて感じた3時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

小犬の無垢な目に癒されました

夕方、外出先から帰ってきたとき、

小犬を散歩させている人に出会いました。

車から降りようとすると、小犬(たぶんパグ?)が

まん丸い目で、じっとこちらを見ています。

脚を踏ん張って、好奇心全開で、全身で、

「どこ行ってきたの?」と言っていました。

 

思わずかけよりました。

子どものころ、放し飼いの犬に追いかけられたのがトラウマで、

犬はちょっと(とても?)苦手です。

でも、あんな目を見てしまったら、素通りなんてできません。

すると小犬は立ち上がって、「遊んで、遊んで」と

脚をバタバタさせました。

おそるおそる両脚を握ったら、細い脚から、

小犬の気持ちが全部、流れ込んでくるようでした。

真っ黒な、まん丸い目にまっすぐ見つめられ、

何だか切なくなりました。

小犬の気持ちに応えられないのが申し訳なくて。

 

小犬は、まだまだ遊びたそうでしたが、私が家に入ろうとすると、

飼い主の女性が「ありがとうございました」と言われました。

遊んでもらったのは、私の方なのに…。

癒してもらったのは、私なのに…。

 

以前、こんな詩を書いたことがあります。

 

    こいぬ

こいぬが 走って来る

体ぜんぶ 心にして

心ぜんぶ 私に向けて

まっすぐに まっすぐに

走ってくる

 

そんなにしっぽをふっては いけないよ

そんな目で 私を見つめないで

きみを 見ていると

悲しくなってくるから

 

 

 

 

 

 

小春日和の法隆寺へ

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( 冬桜がちらほら、松の緑に映えていました。)

 

11月もそろそろ終わりというのに、春のような柔らかな日差しの一日、

仲良し三人組で法隆寺を訪れました。

 

ウクレレ仲間の男性が、法隆寺で外国人相手の観光ボランティアをされているので

是非、案内してもらおう、ということになったのです。

ボランティアさんの説明は、大変詳しくわかりやすく、
歴史の授業を受けているようでした。

法隆寺に行かれたら、是非、案内をお願いしてみて下さい。

1500円!の拝観料のもとが取れますよ。

 

奈良のお寺は、だいたい制覇していて、何回も訪れた神社仏閣もあるというのに、
何故か法隆寺は、半世紀以上も前、小学6年生の修学旅行で訪れたきりでした。

かすかに記憶に残っているのが、「百済観音像」と「玉虫厨子」だけ。

子ども心に、何だか「百済観音像」が怖かったことを憶えています。

「玉虫厨子」は、今回、絶対見たかったものの一つでした。

半世紀ぶりに見た「玉虫厨子」は、記憶よりずっと大きく、

玉虫の羽根は、ライトで照らしてやっと分かるほど小さかったです。

もしかしたら、子どもの時にはまだ残っていた羽根も、

時間の流れとともに朽ちてしまったのかもしれません。

全てが、初めて見たように新鮮な驚きでした。

 

展示物を見て回っている時、母娘らしき外国人と一緒になりました。

高齢のお母さんに、娘さんがフランス語で一生懸命説明されています。

何を話しているのかは分からないけど、何だか、いい光景だな…と思っていると、

連れのボランティアさんがかけよって、ペラペラと英語で

展示物の説明をしはじめました。

お母さんは95歳ということが、ちらっと聞き取れました。

ボランティアさんは、「楽しんで下さいね」というようなことを言いながら、

お母さんの肩を優しく叩きました。

その自然な様子に、こんな風に外国の観光客の人と接することが出来たら、

2020年のオリンピック・パラリンピックも、

2025年の大阪万国博覧会も、うまくいくだろうな、と思ったことでした。

 

二時間ほど、じっくり案内してもらったあと、食事処に向かいました。

人気のお店らしく、趣のある店の前には、ずらりと順番待ちの人が並んでいました。

予約して貰っていてよかったです。

鶏の竜田揚げ(竜田川にちなんで、竜田揚げが名物とのこと)、

三輪そうめんのにゅう麺、風呂吹きカブラ、小さな小さなプリン、

そして二十穀米…。

奈良の食材だけを使ったランチでした。

歩き疲れた後には、温かいにゅう麺が体に優しかったです。

 

法隆寺の無料休憩所で買った「夢守り」をお土産に、

帰途につきました。

リフレッシュした秋の一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もの想う秋…

街路樹の枯れ葉が、アスファルトの道路で

行き場を失くして吹き溜まっています。

森や林の枯れ葉は土に還ることができるのに、

街の枯れ葉は、ゴミになるしかないのでしょうか。

見慣れた光景ですが、今年はなぜか

ひとしお寂しく感じられます。

 

ここ数日、とてもメランコリックでした。

もの想う秋……です。

 

こんな時、私は、励ましてくれる言葉を必死に探します。

そして、思い出しました。

NHKの朝ドラ「マッサン」の中で、エリーさんが言っていた言葉を。

「人生はアドベンチャー」。

エリーさんは、戦前の日本へ、スコットランドから嫁いできた

リタさんがモデルです。

激動の時代、どれほどの覚悟と勇気がいったことでしょう。

どんな困難も「アドベンチャー」と受け止める強さと明るさが、

リタさんの人生を支えました。

「人生はアドベンチャー

なんて力強い言葉でしょうか。

へなちょこの私でも、なんだか勇気が湧いてくる言葉です。

 

でも、いくらいい言葉でも、

そうそう簡単に元気がでるわけもなく…。

と思っていたら、BSプレミアムで再放送している朝ドラ、

「べっぴん」の主題歌が流れてきました。

   雨上がりの空に 虹がかかるって

   そんなに単純じゃない

   この夢想家にも それくらいわかってる

   例えば100万回のうち たった一つある奇跡

   下を向いてばかりいたら 見逃してしまうだろう

こんな歌詞の、ミスターチルドレンの楽曲です。

夢想家の私にも、この歌詞が胸に沁みました。

そうですね。

前を向けってことですよね。

 

ごめんなさい。

こんな湿っぽいブログ、何度も消しかけました。

でも、これもまた、私まじょねこの一面なのです。

こんな私のブログを訪れてくださって、

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉の奈良公園と般若寺のコスモス

11月とは思えない暖かい日、

友人と三人で、興福寺に再建された中金堂をお目当てに、

紅葉の奈良公園を訪れました。

その日は、正倉院展の最終日ということもあるのか、

奈良公園は、いつもより人出が多いように感じました。

とは言え、奈良公園界隈は広々としているので、

人混みの窮屈さはまったくありません。

紅葉シーズンの京都と比べると、なんともおおらかで、

やっぱり奈良は、ゆったりしていていいなーと思ってしまいます。

 

お目当ての中金堂は、特徴的な朱色に塗られ、

平城宮跡大極殿によく似た印象を持ちました。

ご本尊の如来さまは金色に輝いており、

柱に描かれた高僧の絵は極彩色でした。

古色蒼然とした仏像や建物を見慣れてるせいか、

「何だか、有難味が感じられないねえ」などど

罰当たりなことを言いつつも、お賽銭を入れて、

しっかりお参りしました。

 

拝観を終え、猿沢の池への階段を降りていくと、

土産物のお店がずらりと並んでいます。

何も買わず、お店を冷やかしながら食事処に向かいました。

地域情報誌の読者、一日限定4組サービス料金というので

早くから予約していたのです。

黒豆が二粒、金の糸に通してあったりして、

ちまちまと、凝った可愛いお料理が出て来ました。

サービスにコーヒーまでついたのに、

美味しいうえにお安くて、大満足でした。

 

興福寺の駐車場に戻る途中、草餅で有名なお店の前を通ったとき、

テレビで何度か見たことがある「高速餅つき」が始まりました。

まるで私たちが通るのを待っていたかのようなタイミング。

しかも最前列で!

食後すぐで、おなか一杯だったので、一個130円也りの草餅を

食べ損ねました。

家に帰ってから、おみやげに買えばよかったと後悔しましたが、

後の祭りでした。

ちょっと感動したのは、古い町家のローソンがあったことです。

「町家風」ではなく本物の町家で、奈良らしくて風情がありました。

写真に撮ればよかった、と、これも後の祭り…。

 

そのあと、コスモス寺と言われている般若寺に向かいました。

多分、もうコスモスは終わってるだろうな、と

あまり期待していなかったのですが、花はまだ残っていました。

茎は伸び切っていて、花も半分ぐらいは枯れていましたが、

それでも友人は「わあ、きれい!」と歓声上げていました。

 私は、般若寺のいかにもひなびた風情が好きなのですが、

人によっては評価が分かれる所らしく、

いつ行っても、ほぼ貸し切り状態です。

今回も、整備された駐車場には私たちの車しかありませんでした。

帰りに、やっと一組のご夫婦が来られましたが。

庭のベンチに座って、コスモスを眺めながら、
おばちゃん三人、いろんな話で盛り上がりました。

 人生いろんなことがあるけれど、リフレッシュした一日でした。

また頑張ろう!と思ったことでした。

 

ただ、後悔しているのは、

写真嫌いな女三人(鑑賞に耐えないと自覚しているため)

一枚も写真を撮らなかったことです。

興福寺の五重の塔も、町家のローソンも、

高速餅つきも、見納めのコスモスも…。

せめて景色だけでも撮ればよかったと、これも後の祭りでしたね。

 ブログに写真をアップするということを、

すっかり忘れていました(涙)。