https://rpx.a8.net/svt/ejp?a8mat=358O9G+EWFKTU+2HOM+6G4HF&rakuten=y&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fhb.afl.rakuten.co.jp%2Fhgc%2F0ea62065.34400275.0ea62066.204f04c0%2Fa19020173820_358O9G_EWFKTU_2HOM_6G4HF%3Fpc%3Dhttp%253A%252F%252Fwww.rakuten.co.jp%252F%26m%3Dhttp%253A%252F%252Fm.rakuten.co.jp%252F

平成から令和へ 新天地へ 

平成も、あと10日となり、

「令和」に向けてカウントダウンが始まりました。

 

前のブログから、もう一か月も経っていたとは…。

実は、大きな断捨離を決行中で、

ブログをアップするゆとりがありませんでした。

今が山場で、段ボールの山に取り囲まれています。

全くの偶然で、改元に合わせたわけではありませんが、

「令和」の始まりの日を、新天地で迎えます。

転居は初めてではありません。

嬉しい転居も、寂しい転居もありましたが、

今回の転居は、「終活の第一段階」と意味付けています。

 

捨てても捨てても出てくるガラクタたち…。

こんなに要らないものに囲まれていたのか、と

唖然としました。

でも、このガラクタたちは、その時代には必要だったんですね。

今注目の「こんまり流」断捨離によれば、

断捨離は、ただ捨てることではなく、見つめ直すことだそうです。

愛しいガラクタたちから、いろんなメッセージを受け止めました。

そして、「ありがとう」と声をかけて、さよならしました。

 

断捨離は体力も気力も使います。

カウントダウンが始まった今は、疲労のピークです。

でも、家がすっきりしていくのはとても気持ちがいいものです。

嬉しいことに、知らないうちに体重が減っていました(^_-)-☆

生活のぜい肉と身体のぜい肉が、一緒に落ちたんですね。

 

さあ、これから怒涛の日々が始まります。

これが平成最後のブログになると思います。

来月になったら、また読んで下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ、元貴乃花さんが絵本作家に?

先日、夕食後、ぼんやりテレビを観ていたら、

貴乃花(次から、元を取ります)さんが

次に何に転身するかという企画を放送していました。

特に興味はなかったけれど、

何度もCMでカットして焦らすという手口に

まんまとやられて、ついつい見入ってしまいました。

 

引退してからというもの、

政治家になるのではないかとか、何かと話題の貴乃花さんが

一体何に転身するのかと思ったら、

何と、絵本作家とは!

政治家になる、と言われるより驚きました。

 

いったいどんな絵本を創ったんだろうと興味津々。

ところが、番組は、あの手この手で引っ張るので、

絵本の紹介が始まる前に寝てしまって、見逃してしまいました。

いっしょに番組に出演していたタレントさんが涙したというので、

これは見ておかなくては、と思い、ネットで検索しました。

絵を描いた「鉄拳」さんで検索したところ、全部読むことが出来ました。

 

内容は、ひと言で言ってしまうと、

主人公をカエルにした貴乃花さんの自伝ですね。

貴乃花さんのファンなら、涙するかもしれません。

文章や構成について、突っ込み所はいっぱいありますが、

それは置いといて・・・。

 

私が、本当に突っ込みたいのは、貴乃花さんの言った

「絵本作家になります」という一言です。

これから「絵本作家なります」なんて悠長な話ではなく、

もう、ちゃんと絵本もできていました。

「絵本作家になりました」というべきだと思いましたね。

しかも、全国放送で、貴乃花さん自身が朗読する・・・。

これは、もう、完全に絵本の宣伝ではないですか。

 

私は、絵本作家や童話作家になりたい人を何人も知っています。

その夢の実現のために、日々研鑽している女性が、

「なります、と言って簡単になれるものじゃないのに」と

憤慨していました。

全く同感です!

 

でも・・・。

貴乃花さんは、相撲の世界で頂点を極め、

誰にも経験できない稀有の人生を送っています。

その人が書いたからこそ、需要もあり、価値があるのかもしれません。

貴乃花さんの絵本作家宣言で、絵本業界は大慌てだそうですね。

きっと、ベストセラー間違いなしなのでしょう。

何だかな・・・。

 

このブログ、何だか初めの勢いが無くなってしまいましたね(笑)

それにしても、モヤモヤする話題ではあります。

 

 

 

 

 

 

ブランコの思い出 その②

ブランコと言えば、忘れられない思い出が

もう一つあります。

 

6歳のころ、私は、幼稚園に続く一本道を

走っていました。

とても急いでいたことだけは覚えているのですが、

それがなぜなのか、理由が分かったのは

何十年も経ってからのことです。

 

母の話によると、その日、近所のおばあさんが

カンカンになって家にやって来て、こう言ったそうです。

「お宅の娘は、根性が悪い。

うちの孫が『待っとってー』と追いかけていくのに、

追いついたとたん走りだす。

それでまた『待っとってー』と追いかけると、

追いついたとたん走りだす。

孫が可哀想でしかたがなかった」と。

 

母は、この話を、私が大人になるまで何度もしました。

戒めの意味があったのだと思います。

その度に、私は身が縮む思いがしました。

可愛い孫をそんな目に合わせるなんて、

おばあさんがカンカンになるのも無理はありません。

私は、何て意地悪だったのでしょう。

どうして、待っていてあげなかったのでしょうか。

おばあさんが言うように、私は「根性悪」なのだと思いました。

でも、母がその話をするとき、

いつも微かな違和感がありました。

(私は、本当に、そんな意地悪をしたんだろうか…。)

何かが違うような気がしました。 

しかし、その何かがわからないので言い訳もできず、

モヤモヤを残したまま、何十年も時が過ぎていきました。

 

ある時、何がきっかけだったか忘れましたが、

あの日あんなに急いでいたのは何故か、突然思い出したのです。

一本道の先には、幼稚園があります。

私は、幼稚園のブランコに一刻も早く乗りたかったのでした。

 

そう言えば、一つか二つ年下の女の子がついてきました。

ここからは想像ですが、

「待っとってー」と女の子が言うので、私はじりじりしながら

女の子が追いつくまで待っていたのだと思います。

一刻も早く幼稚園に行きたい気持ちを押さえ、足ふみしながら・・・。

女の子が追いついたとたん、もう心と足は勝手に走り出し、

私の後ろを女の子が「待っとってー」と追いかける・・・。

それを繰り返しているところを、おばあさんは見ていたのです。

 

私は、あの時、女の子が追いつくのを待っていました。。

6歳なりに葛藤して、6歳なりの知恵で。

本当に心優しい、いい子だったら、ブランコは諦めて
女の子の手を引いて、一緒に歩いていくのでしょう。

でも私は、いい子ではなかったかもしれないけど、

少なくとも意地悪ではなかったのではないでしょうか。

ある意味、子どもらしい子どもだったと思いました。

そのことに気付いたとき、切なくなりました。

 

何十年も晴れなかったモヤモヤが、やっと消えました。

 この思いを伝えたいのに、母はもういません。

あの世で再会したら、

忘れずに、このことを言おうと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブランコの思い出

公園と言えば、ブランコ、シーソー、回転するジャングルジムが

すぐに思いつきますよね。

ところが、これらの遊具は危険遊具とされ、

どんどん撤去されています。

家の近くにも、いくつか公園がありますが、

申し訳程度に鉄棒とすべり台があるくらいで、

子どもの姿もなく、いつもひっそりとしています。

ブランコのない公園なんて公園じゃない――

なんて思う私は、時代遅れなのでしょうか。

 

ブランコと言えばーー。

幼い頃、私はブランコが大好きでした。

通っていた幼稚園にはブランコが二つしかなく、

ガキ大将(今は絶滅危惧種かも?)のマンペイくんが

ブランコをひとつ独占するので、もう一つのブランコには

いつも順番待ちの列ができていました。

でも、マンペイくんは私のことが好きだったので(と思います。笑)

いつも私は優先的にブランコに乗ることが出来ました。

ン十年も前のことですが、今思い出すと、

順番待ちしていたみんなに申し訳なくて

恥ずかしくなります。

 

我が家の子どもたちが幼い頃の話です。

近所の公園は、子どもたちの賑やかな声が溢れていました。

ある時、娘が泣きながら公園から帰ってきました。

訳を聞くと「ブランコに乗ってたら、いじめられた」と言うのです。

「よーし、わかった。お母さんが叱ってあげる。」

娘を励ますつもりで言っただけで、そんな気はありませんでした。

娘の手を引いて公園に行くと、中学生くらいの女の子が2・3人

ブランコに乗っていました。

いじめた子は、とっくにいなくなっていると思ったので、

「いじめたのはどの子?」と聞いたところ、

なんと「この子」と言って、背の高い女の子を指差したのです。

まさか!でした。

でも娘の手前、引くに引けなくなった私は、

ドキドキしながら「どうして、いじめたの」と聞きました。

そしたら「睨まれたから」と言うのです。

「この子は目が大きいから、そんな風に見えるの」と言い返しましたが、

ちょっと声がふるえてしまいました。

そのうち、女の子たちが「だから、やめろと言ったのに」と

仲間割れし始めました。(今だ!)

私は、極力平静を装って、娘に「帰るよ!」と言いました。

本当は、一刻も早くその場を逃げ出したかったのですが、

そこは「親の威厳」を見せなければなりませんから、

堂々と?歩きました。

でも、傍から見たら、マリオネットみたいだったことでしょう。

 

親として、まだ初心者マークだった頃の、

懐かしいブランコの思い出です。

 

 

 

 

 

 

 

映画「カメラを止めるな」を観ました。

話題の映画「カメラを止めるな」が、地上波で放映されました。

ゾンビもホラーも苦手だけれど、評判の映画を見逃すわけにはいきません。

ビデオに撮って、CMを飛ばしながら、その日の深夜に鑑賞しました。

深夜にゾンビ*1 怖かったらすぐに消そう。

そう思っていたのに、一気に最後まで観てしまいました。

期待感がマックスだったので、実は少し物足りなかったのですが、

「面白かったか」と聞かれれば、「面白かった」です。

「観るべき映画か」と聞かれれば、
「一度は観て下さい」と答えようと思います。

 

観てない人にネタバレになるので、詳しくは書けませんが、
思いがけない展開に、「うーん、その手があったのか!」と思いました。
そこが、この映画の肝なんですね。

ゾンビ映画? ホラー映画?

コメディ? それとも青春映画? ホームドラマ

ドキュメンタリーの要素もあって、一つのジャンルでは括れない

不思議な映画でした。

   

今は、もっぱらテレビで放映される映画を楽しんでいますが、

以前は宅配のDVDの会員になって、古いものから新作まで、

評判のものは片っ端から鑑賞したものです。

ところが、どうしても好きなジャンルに偏ってしまって、

一年もしたら、観たい映画は無くなってしまいました。

でも、好みだけで選んでいたら、いい映画に出会うチャンスは

限りがあります。

それはもったいないなあ…と反省して、

以来、苦手なジャンルのものも、意識して観るようにしています。

すると、思いがけない発見や感動する作品に出会うことがあります。

「カメラを止めるな」は、そういう映画でした。

 

映画について話し始めると、つい長くなってしまいます。

また映画の話を聞いてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:+_+

樹木希林さんの新刊を読みました

樹木希林さんが亡くなって半年が過ぎました。

メディアでは、今なお樹木希林さんの話題が尽きることがありません。

本屋さんには樹木希林さん本が平積みされていますし、
先日は日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞を受賞するなど、

その存在感は、ますます増しています。

 

最近、少々落ち込み気味だった私に、娘が、

「読んだら元気になるかなと思って…」と、

樹木希林さんの本を二冊買ってきてくれました。

樹木希林 120の遺言」と「一切なりゆき 樹木希林のことば」です。

その日のうちに、二冊とも読んでしまいました。

 

読み終えて、つくづく樹木希林さんという人は、

稀有な人だと思いました。

女優さんとしては言うまでもありませんが、一人の人間として

こんな人は滅多にいないと思いました。

「こんな」と書きましたが、適当な言葉が見つからないのです。

生き方といい、考え方といい……もう脱帽です。

凡人の私には、とても真似ができません。

落ち込んでる私を癒してもらおう、なんて甘い考えは
吹き飛ばされてしまいました。

 

編集者の要望に、樹木希林さんはこう答えたそうです。

「生き方のエッセンス? それは依存症というものよ。

あなた、自分で考えてよ。」

「良薬、口に苦し」

希林さんの本を読んで、そんな格言を思い出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春です。

数日前の早朝、今年初めて、ウグイスの鳴き声を聞きました。

春告げ鳥の名にふさわしく、今年もちゃんと

春の訪れを知らせてくれました。

ケキョ ケキョとたどたどしかった初鳴きも、

いま窓の外で盛大に鳴いているウグイスは、

ホー ホケキョッ、ホー ホケキョッと、自信たっぷりです。

気象予報士が、今年は春の訪れが早いと言っていましたが、

確かに、去年より初鳴きを聴くのが

一週間以上は早かったと思います。

 

三寒四温ですが、あちこちの家の白梅や紅梅、しだれ梅が満開です。

  塀越しに 半分だけの 梅見かな

お粗末ですが、これは数年前、俳句教室に入って

初めて作った俳句です。

同じ梅の木が、数年前と変わらず花を咲かせていることに

感慨深いものがあります。

 

梅の木は年輪を、私は年齢を重ねました。

梅の木は年輪を重ねて、いよいよ美しい花を咲かせ、

初夏には豊かな実を結んでいます。

では、私は…?

無駄に年齢を重ねただけのような気がします。

 

このところ、ずっとコタツの守り人状態で、

寒さを言い訳にして、「春になったらね」と

いろんな問題を先送りしてきました。

でも、ついに春になってしまいました!

もう言い訳している暇はありません。

やらなければ…。

 

朝、テレビから聞こえてくる歌が、今日は

やけに心に沁みました。

細かいところは違うかもしれませんが、こんな歌詞です。

 ♪大事なことは 変わっていくこと 変わらずにいること

 

歳のせいか、変化することが怖いというか、億劫になりました。

若い頃、あんなに好奇心いっぱいで、向こう見ずの

おっちょこちょいだったのに…。

昔の私が今の私を見たら、

NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」のチコちゃんみたいに、

ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られそうです。

 

春です。

生き物たち、すべてが動き出す春です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パートナーのことを何と言いますか?

前のブログで、「二人に一人はがんになるという時代」と書きましたが、

池江瑠花子さんのニュースのショックがまだ残っているなか、掘ちえみさんも…。

想いはいっぱいありますが、言葉にすることができません。

人生って、過酷だな...と。

掘さんを励ますどころか、私が掘さんの言葉に励まされています。

 

ところで、

先日、数人の仲間と集まった時、

言葉についての話題で大いに盛り上がりました。

仲間の年齢層は、50から80までと幅があります。

まず問題になったのは、パートナーの呼び方でした。

 

若い世代は「主人」とは言わない、

「ダンナ」とか「亭主」と言うと発言。

「主人」という言葉には、女性蔑視があるというわけです。
すると、年長世代は「ダンナなんて言えない。主人って言うわ」と。

唯一の男性も、奥さんの言動が気になる様子でした。

(今、何気なく「奥さん」と書きましたが、

この言葉も「奥の人」という意味なので、女性蔑視になりそうですね。)

私自身は、主人も、亭主も、旦那も、あまりこだわりがなく、
TPOと気分で使い分けています。
書く時は「夫」を使っています。

 

ふと、思ったのですが、

「夫」に対しては「妻」がありますが、

「うちの嫁さん」に対して「うちの婿さん」と言う人に

会ったことがありません。

「奥さん」対して「前さん」とは言いませんし、

「家内」に対しては、どんな言葉があるでしょうか。

女性の呼び方にはいろんなニュアンスがあって、

男性を呼ぶ言葉より、よほど豊かだと思いました。

 

もはや、女性蔑視だと

目くじらを立てる時代ではないのかもしれませんね。

呼び方はあまり問題ではないのでしょう。

大事なのは――〇〇ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてのがん検診

今は二人に一人、がんになる時代だそうです。

医学の進歩は目覚ましく、

不治の病などと言っていたのは、遠い昔のことになりました。

私の周りにも、手術を受けた人が何人かおられますが、

皆さん、とても元気に活動されています。

私の場合、身近な血縁に患者がいないこともあって、

がんとは無縁だと思っていました。

だから、今まで、がん検診なるものを

一度も受けたことがありませんーーでした。

 

それが、いつもの内科の診察日に、

ドクターが、いつになく真剣な顔で仰るのです。

腫瘍マーカーの値が高いので、乳がんの検診をお勧めします。」と。

まさか、と思いました。

「何かショック…。」と言いましたら、

「ラッキーと思って下さい。」そう言って、

ご自身のかかりつけの専門医に紹介状を書いてくださいました。

 

結論を先に書きますね。

異常ありませんでした。

 

がん検診を受けるまでの二週間というもの、

鬱々として、何をしていてもモヤモヤが晴れません。 

診断の結果を聞くのが怖くて、なかなか予約する決心がつきませんでした。

でも、いつまでもモヤモヤしていたら、本当の鬱になってしまいます。

えーい! 

崖から飛び降りるくらいの覚悟で予約して、病院へ行きました。

 

マンモグラフィ、エコー、触診と、あっけないほど淡々と

検診は進んでいきました。

結果を聞き、晴れ晴れとした気分で

大きな声で歌いながら運転して帰りました。

こんなにスッキリするなら、早く検診すればよかったと思いました。

 

でも、あれから時間が経った今、思うのです。

あの検診は、本当に必要だったのか…と。

結果が良かったから、言えることかもしれません。

あの時異常が見つかったら、本当にラッキーだったと思います。

 

しかし最近、週刊誌などで、不要な検診によって、

さまざまな問題があるという記事を見かけるようになりました。

目覚ましい医学の進歩により、今まで発見できなかった異常が

簡単に見つかるようになったと、かかりつけのドクターも仰ってました。

受けなくてもいい検診が混じるのは、しかたがないことかもしれません。

 

お医者さんは、立場上、疑わしきは検診や精密検査を勧められます。

私には、それを断る正しい知識も勇気もありません。

第一、何が正しいか、なんて素人にはわかるはずもなく、

膨大な情報にふりまわされるばかりです。

難しい時代になりましたね。

 

初めてのがん検診から、私は多くのことを学びました。

その時が来たら、まずは落ち着こう、

そして、様々な情報に一喜一憂しないでおこう、と。

 

うーん、できるかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、池江璃花子さん…

衝撃的なニュースでした。

東京オリンピックの期待の星として、
次々に日本記録を更新していたさなかに、
こんなことが本当にあるんだろうか…と、

俄かに信じられませんでした。

 

テレビで、いろんな人が池江選手への想いを語っています。

どんなに池江選手が期待されていたか、そして愛されていたかが

伝わってきます。

会ったこともない私でさえ、胸が締め付けられるのですから、

身近な人たちは、どんなにショックだったことでしょう。

まして、池江選手ご本人の衝撃は、想像すらできません。

 

でも、池江選手は、病名を公表し、病気と闘う姿勢を見せました。

診断を受けた一時間後には、前向きな言葉を口にしたそうです。

まだ18歳の高校生なのに、何という強さ、健気さでしょう。

感服しました。

トップアスリートは、人間力も優れているのですね。

 

それに引き換え、「がっかりした」と言って顰蹙を買った大臣がいます。

私、この発言には、ほんとうにがっかりしました。

これが良識ある大人の発言でしょうか。

100歩譲って、オリンピック担当大臣として、

つい本音を漏らしてしまったのだと思いますが、

オリンピック担当大臣の前に、ひとりの人間として

あり得ない言葉だと思いました。

2020年の東京オリンピックパラリンピック

大丈夫でしょうか…。

 

とにかく今は、池江選手の快復を祈るばかりです。