https://rpx.a8.net/svt/ejp?a8mat=358O9G+EWFKTU+2HOM+6G4HF&rakuten=y&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fhb.afl.rakuten.co.jp%2Fhgc%2F0ea62065.34400275.0ea62066.204f04c0%2Fa19020173820_358O9G_EWFKTU_2HOM_6G4HF%3Fpc%3Dhttp%253A%252F%252Fwww.rakuten.co.jp%252F%26m%3Dhttp%253A%252F%252Fm.rakuten.co.jp%252F

コワイコワイ、あおり運転

今日は、あおり運転した上に暴力をふるった容疑者のニュースで

もちきりでした。

70%以上のドライバーが、あおり運転された経験があるそうです。

私も、何年か前に、二回怖い経験をしました。

 

一度目は、トンネルに続く一車線を走っていた時、

小型のクレーンを積んだダンプが、車間距離を置かず、

ぴったりと後ろに張り付いてきました。

道を譲ろうにも、一車線なので、どうすることもできません。

まだ運転歴も浅かったころで、本当に生きた心地がしませんでした。

トンネルに入る前に二車線になったので、車線変更して道を譲ったら、

ブーンと加速して追い越していきました。

私は、いなくなったダンプに文句を言ってやりました。

「そんなにスピード上げたら事故するよっ。」

すると、トンネルを抜けたところで

さっき追い越していったダンプが、反対方向を向いて

止まっていました。

辺りには、部品らしきものが散乱しています。

どうやらカーブを廻り切れず、どこかにぶつかったようでした。

ダンプは私の横をスゴスゴと(確かに、そんな風に見えました)

もと来た道を戻っていきました。

私は、ゾクッとしました。

あおられて怖かったことよりも、「事故するよ」と言ったことが

本当になってしまったことが怖かったのです。

滅多なことは言うまい、と固く誓ったことでした。

 

二度目は、近くのスーパーに行く道でのことです。

T字路を左に曲がろうとしたとき、右から黒い車が

猛スピードで直進していきました。

ヒヤッとしました。

人通りも車の往来も少ない道で、私も油断していたのだと思います。

ホッとして左折したところ、黒い車がスピードを落として

私の前を蛇行したり、今にも止まりそうにしたりしています。

初めは訳が分かりませんでしたが、

どうやら、T字路でのことを怒っていて、

私を止めようとしているのだと気が付きました。

何度も「ごめんなさい」と頭を下げたら、

やっと 車は走り去っていってくれました。

 

やれやれ、と車を走らせていったところ、なんと

信号のところに、あの黒い車が止まっているではありませんか。

その後ろに止まるか、その横に止めるしかありません。

もう、覚悟を決めました。

私は、その車の横に止めて、窓を開けて声を掛けました。

「すみませーん!」

すると、黒い車の窓がするすると開いて、

ヤクザ映画に出てくるようなお兄さんが、キッと私を睨みました。

ゾッとしましたが、勇気を振り絞って言いました。

「さっきは、すみませんでした。ごめんなさい。」

すると、お兄さんのコワイ顔がふわっと緩んで、

「オバハン、俺やからいいけど、気いつけや!」

そう言って、走り去っていきました。

とっても怖かったけど、いい薬になりました。

今でも、あのお兄さんの顔を思い出します。

 

私は、幸いこの程度で済んでいますが、

車に乗っていたら、いつあおり運転の被害に遭うかわかりません。

事故を起こしたら、人生が一変します。

改めて気を引き締めているところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞、取ってますか?

マンションの住人になって4か月。

だいぶん慣れましたが、まだ何かしら驚きや発見があります。

今朝は、新聞を取りにエレベーターに乗ったら、

セミの先客がいてギョッとしました。

一階までの何秒間の長かったこと…*1

 

朝刊を取りに行くのは、だいたい6時半ごろです。

その時間に取りに行くと、ほとんどの家の郵便受けは空っぽなので、

皆さん、ずいぶん早起きなんだなあ…と思っていました。

でも夕刊も同じなので、不思議に思っていました。

しばらくたってから、やっと気づきました。

新聞をとっているのは、我が家を含めて2・3軒だということに。

新聞を読まなくなったとは聞いていましたが、

これほどまでとは思いませんでした。

こじんまりしたマンションですが、若い家族や老夫婦、

独身らしい男性もいて、住人の構成は偏っているようには思えません。

新聞離れは本当だったんだ、と実感したことでした。

 

この話を、年配の友人に「びっくりしたわ~」と話したら、

「私も新聞取ってない」と言うではありませんか。

「歳を取って、新聞の後始末が大変になったから」と言うのです。

確かに、たまった新聞を古紙回収置き場に運ぶのは大変です。

ああ、こういう新聞離れの理由もあるんだな、と思いました。

さみしい話です。

 

私は、子どものころから、新聞が大好きでした。

読めない漢字があっても、意味が分からなくても、

興味があっても無くても、一面から順番に読みました。

今でも、ピシッと角がそろった新聞を開く時の快感は

何とも言えません。

 

昨日でしたか、新聞のコラムに、高校の国語が変わり、

文学が選択になると書いてありました。

これにはびっくり、と言うより悲しくなりました。

文学よりも、書類などの書き方を学ぶ方が
実用的だということなのでしょうか。

子どものころ、新しい教科書を貰うと、
その日のうちに国語の教科書は全部読んでしまったものです。
詩、文学作品、評論など、様々な形の文学に
触れることが出来たことは、しあわせなことだったと

この歳になってしみじみ思います。

 

すぐに生活に直結した情報ばかりが
役に立つとは思えません。

それは、文学にも新聞にも言えることだと思います。

私は新聞が大好きですが、

すみずみまで読んでいるわけではありません。

興味のないところは、斜め読みならまだいい方で、

ほとんどスルーしたりしています。

それでも、目の端にはひっかかっていて、

何かの時に「そうだったのか!」と思うことがあったりします。

詩や文学作品は、実用書のようにすぐに役立つものではありませんが、

深く心に沁み込んで、生きる力を育んでくれるものだと思います。

 

新聞など読まなくても、テレビでもラジオでもネットでも、

欲しい情報はすぐに手に入ります。

「だから、新聞は読まなくてもいい。」という意見があります。

確かに、欲しい情報だけなら、ネットやテレビは速いし、

しかもタダです。

正直言いますと、読むところがなかった夕刊をゴミにするとき、

4032円がもったいないなあ、と思う日もあります。

でも、関心がない、興味がないという理由だけで読まないのは、

もったいないし、危険だと思うのです。

 

新聞に書かれていることすべて、鵜呑みにしているつもりはありません。 

でも、私は、やっぱり新聞が好きです。

興味のない記事を斜め読みしながら、これからも新聞を取り続けるつもりです。

(私は新聞関係者ではありません。念のため)

 

 

 

 

 

*1:+_+

戦争を知らない子どもたち

暑中お見舞い申し上げます。

連日、溶けてしまいそうな酷暑が続いていますが、

お元気ですか?

 

昨日は長崎に原爆が落とされた日でした。

74年前、こんな焼けるように暑い日に、原爆が落とされたんだ

と、クーラーの効いた部屋から真夏の空を眺めている私って、

いったい…。

 

この時季になると、いくつも戦争映画やドキュメンタリーが放映されます。

父親たちの星条旗」「ミッドウェー」「野火」や「NHKスペシャル」など、

録画したりして、出来る限り見るようにしました。

悲惨な場面は正視できず、いつも目をつむってしまうくせに、

見ておかなければ、と思うからです。

 

しかし、いくら戦争の映像を見ても、私にとって

戦争は映像の中の出来事で、実感がありません。

戦争を知らない子どもたち」というフォークソングに、

こんな歌詞があります。

「戦争が終わって ぼくらは生まれた 戦争を知らない子どもたちさ」

私も「戦争を知らない子どもたち」のひとりなのです。

戦後74年、まがりなりにも平和な日本に生まれ、
戦争を知らない子どもたち」のままでいられたのは、
奇跡なのかもしれません。

  古今東西、どこにも戦火が上がっていない時間を足すと
数十年しかない、と聞いたことがあります。
人類の歴史は、ほとんど戦争の歴史だということなのでしょうか。
 

実はこのブログ、何度も消しては書き直しています。

書きたいことはいっぱいあるのに、

手に負えなくなりました。

 

できれば「戦争を知らない子どもたち」のまま生を終えたい。

そのために何ができるか、それを考え続けようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

されど お好み焼きのキャベツ

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先日の「たかがゆで卵 されどゆで卵」が好評?でしたので、

調子に乗って、「されどシリーズ」第二弾を。

 

大阪は、各家にたこ焼き機がある、という説に漏れず、

我が家にもたこ焼き機のプレートがあります。

月に一回か二回、休日のお昼には、22穴のたこ焼きが登場します。

正確には、我が家のたこ焼きは、ウインナー焼き。

チーズとネギをたっぷり入れるのが我が家流です。

おでんなどの出汁を入れたり、天かすを手作りしたり、

明石焼き風におつゆで食べたりします。

形は悪くても、味は、なかなかのものと自画自賛

 

さて、たこ焼きと粉もんの双璧がお好み焼きです。

たこ焼きは、ほぼ好みの味を極めたと自負していますが、

どうも、お好み焼きがうまくいきません。

いろんなお好み焼き粉を試しましたし、

ネットや雑誌の作り方も参考にし、

袋に書かれた分量を正確に計って作りました。

それでも、「なんだかな…」なのです。

 

それが先日のテレビの番組で、お好み焼きは、

キャベツの部位と切り方がコツだというのです。

さっそく試してみました。

 

キャベツは横に切り、お尻の固い方(写真 右)を使います。

固い芯も一緒に、ザクザクと粗みじんに。

「こんな固いところを使って、本当に大丈夫?」と半信半疑でした。

溶いた粉は、時間をおかず、具材を入れたらすぐに焼くこと。

裏返したら、コテでギューッと押すこと。

ギューッと押したら、ふんわり焼けないと思っていたので、

これも半信半疑。

 

さて、出来上がりはーー、

とても美味しかったです!

いつもは、自分で作っておきながら残してしまうのに、

ぺろりと完食しました。

キャベツの芯がアクセントになって、いい感じでした。

ギューッと押すと、どういう効果があるのか分かりませんが、

ベタッとすることもなく、いつもより軽く感じました。

私のお好み焼きが、一歩、前進しました!

 

ところで皆さんは、キャベツを丸ごと買ってくると、

どうやって消費しておられますか?

キャベツの千切りをするときなど、

一枚一枚はがして使うものだと思っていましたが、

そうすると、真ん中になるほど固くなってしまい、

ふんわり柔らかい千切りはできません。

そこで私は、写真のように横に切って、

頭の方を千切りや炒め物に使い、お尻の方を

芯のままざっくり切って、ベーコンとコンソメ

パプリカ・パウダーでスープにしていました。

 

扱いに困っていたキャベツのお尻も、

立派な使い道があって、大満足です。

今日は、写真のキャベツのお尻で、お好み焼きをします。

美味しくできますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たかがゆで卵、されどゆで卵

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毎朝、ゆで卵を作っています。

ちゃんと時間を測っているのに、

自分好みの完璧なゆで卵が出来ることは

めったにありません。

卵の大きさ、個数、水温などに

微妙に影響されるからなのでしょうね。

最近やっと、好みのゆで卵が安定してできるようなりました。

ゆで卵なんて料理ではない、という方もいますが、

ゆで卵も奥が深い。

たかがゆで卵、されどゆで卵です。

 

新鮮な卵を使っているのに、ゆでる時ヒビ割れたり、

殻をむくとき白身がくっついて、
悲惨なゆで卵になってしまうのが不思議でした。

テレビで、ゆで卵は新鮮な卵より、

一週間から10日ほど経ったものの方がいいと知った時は、

目からウロコが落ちました。

新しい卵は殻の間に炭酸ガスが含まれているので、
ゆでるときにひび割れてしまうからだそうです。

 

卵のお尻のほうに、あらかじめヒビを入れたり穴をあけると

炭酸ガスが抜けて、うまくゆでられることを知りました。

そのための道具も、100円ショップで売っているというので、

さっそくゲットしました。

でも、それもあまりうまくいきませんでした。

テーブルなどにコンコンと打ち付けてヒビを入れようとすると、

力の入れ方が強すぎたり弱すぎたり、塩梅がとても難しいのです。

 

(これから、やっと本題です。)

で、いろいろやってみて、やっと見つけました!

写真を見て下さい。

カレー用のスプーンで、軽くコンコンと叩くと、

絶妙のヒビが、安定して出来ることを発見しました。

この方法だと、冷蔵庫から出したての卵でも、

今まで失敗したことがありません。

こんな事は、もうご存知の裏ワザかもしれませんが、

私にとっては、毎朝の小さなストレスを消す大発見でした。

(オーバーですね)

 

失敗から、思いがけない発見もありました。

小鍋に卵を入れ、うっかり水を入れ忘れて火をつけたことがあります。

すぐに気付いたので、卵は熱くなっていましたが、

割れてもいなかったので、そのまま水を入れてゆでました。

そんなことがあったことは言わず、何食わぬ顔で食卓に出したら、

娘が「今日のゆで卵、おいしい!」と言うのです。

半信半疑で食べたところ、確かにおいしい。

以前、雲仙で食べた、温泉熱でゆでた卵と同じ味がしました。

カラゆでしたことで燻製されて、

温泉卵と同じような効果があったのでしょうか。

カラゆでは危険なので、また試そうとは思いませんが、

あの、なんちゃって温泉卵の味は忘れられません。

 

ところで、ラーメン屋さんの煮卵って、とっても美味しいですよね。

あの煮卵は、さすがにプロの味で、再現は難しそうです。

でも、簡単に、そこそこおいしい煮卵をときどき作ります。

先の方法でゆでた卵を、冷水の中でガシャガシャとヒビをいれると、

簡単にカラがむけます。

まだ熱いままのゆで卵を、ジップロックに入れて、

冷たい二倍濃縮のめんつゆに浸します。

「熱い」ゆで卵を、「冷たい」めんつゆに浸す、これがコツです。

こうすることで味がしみやすくなるのです。

卵のゆで加減、つゆのしみ具合は、お好みで。

 

受け売りと、数々の失敗から得た「私流ゆで卵のコツ」を

長々と書きました。

参考になれは幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関西人を実感するとき

 

関西圏に住んでン十年。

私も、すっかり関西弁になりました。

でも「雨」と「飴」、「橋」と「箸」など、イントネーションが違うので、

未だに私の関西弁は、ヘンだと言われます。

言語は、12歳まで育った国や土地の影響が大きいそうなので、

そのせいなのでしょうね。

(知らんけど)

 

先日、テレビで「大阪人(関西人だったかな?)は、

会話の最後に『知らんけど』と付け加える」と言っていました。

「そう言えばそうだな」と他人事のように笑っていましたが、

ハタと気付いてしまいました。

「私もや!」

 

数行前に書いたような、あまり自信のないことを言うときや、

ちょっと言い過ぎかな、と思うときなど、

この「知らんけど」は、とても重宝するのです。

イクスキューズというか、逃げ道を作っているのですね。

でも、そこには何とも微妙なユーモアが含まれていて、

潤滑油のような働きをしてくれるのだと思います。

オブラートにくるんで言いたいことを言い合うのは、

関西人ならではの、人付き合いのテクニックかもしれません。

(知らんけど)

先日も、おじさんおばさんの集まりで、

「知らんけど」を連発して、大いに盛り上がりました。

 

こんなときも、関西人を実感します。

「東京の人は、高い買い物をしたことを自慢するけど、

大阪の人は、安い買い物をしたことを自慢する」そうです。

この見解が正しいのかどうかはわかりませんが、

確かに私も、私の周りの人たちも、安い買い物をすると

得意げにこう言います。

「これ、いくらしたと思う? 〇〇円やってん。」

「これ、なんと半額になってたんよ。」

といった具合です。

 

大阪の人はケチだと言われたりしますが、

ン十年、関西圏に住んで思うことは、

関西人はケチではなくて、合理的なのだということです。

そして、高いものを自慢するのは「カッコ悪い」と思う、

そういう文化だからではないでしょうか。

(知らんけど)

 

生まれつきのイントネーションは変わりませんが、
私もすっかり関西人になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きのうの常識は、きょうの非常識」

関西もついに梅雨入りし、蒸し暑い日が続いています。

テレビなどで、熱中症対策にクーラーをつけるようにと、

親切な(おせっかい?)アドバイスしてくれますが、

言われなくても、クーラーなしでは夏を越せませんよね。

 

クーラーは朝までつけっぱなしにするほうが、

快眠できて体にいいというのは、もはや常識になっています。

少し前までは、寝る前にタイマーで切るように設定しなさい、だとか

設定温度は28度が好ましいとか、言っていませんでした?

つい先日は、設定温度は25度~27度がいいと言っていました。

ずっと前から、朝までクーラーつけっぱなし、

寒いくらいに冷やすのが好きな私は、罪悪感を感じていたのに

もう気にしなくてもいいんですね。

なーんだ…。

まさしく「きのうの常識は、きょうの非常識」です。

 

そう言えば、卵だって、少し前まではコレステロールの敵だったのに、

今は気にしなくてもいいと聞きます。

森光子さんはゆで卵が大好きで、一日に何個も食べたそうですが、

それで92歳の長寿だったのですから、説得力ありますよね。

また、肉食より菜食のほうが体にいいと言われていたのに、

今は高齢者もどんどんお肉を食べなさい、と言われます。

で、心おきなく、お肉も卵も、どんどん食べていいます。

 

「コーヒーはガンになるリスクが高まる」とWHOが言っていたのに、

今はそのWHOが、「その根拠はない」と発表しました。

一日に3杯飲むとがんの発症リスクが下がる、とテレビで言っていたので、

毎日、大好きというわけでもないコーヒーを3杯飲むようにしています。

ところが2・3日前、「2杯でいい」と何かで言っていました。

いったい、どっち?

 

睡眠についても、22時~2時までが美容にも健康にもいい

ゴールデンタイムと言われますが、それは「嘘」で、

眠りについたあとの3時間がゴールデンタイムだという説も現れました。

いったい、どっちが正しいのかわかりませんが、

夜更かしの私にとっては、都合のいい説ではあります。

 

どんどん研究が進んで、「きのうの常識がきょうの非常識」になるのは

いいことだと思います。

ただ、心のすみっこに、小さな疑問符がコツンと残ります。

「きょうの常識が、あしたの非常識になりはしないか?」って。

今日ほど、情報に溢れている時代はありません。

そして、その情報は日々、更新されています。

情報に振り回されている私が言えることではありませんが、

情報を鵜呑みにしないことが大切なのでしょうね。

自戒を込めて…。

 

 

 

 

 

「ボッチ」「ハブク」「コショク」って?

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関西はまだ梅雨入りの発表がありません。

23日時点で既に過去2番目に遅く、

もし梅雨入りしないとなると、56年ぶりのことだそうです。

それでも、満々と水が張られた田んぼでは、植えたばかりの早苗が風に揺れ、

紫陽花が瑞々しく咲き誇る、いつもの梅雨の風景です。

 

さて、今の若い子の間に「ボッチ」という言葉があるそうです。

「ボッチ」つまり「ひとりぼっち」という意味です。

「ボッチ」になりたくないから、

「ボッチ」と見られたくないから、連む(ツルム)。

ツルんでいれば安心というわけです。

 

仲間外れにすることを「ハブク」というそうです。

「省く」から来ているのでしょう。

それにしても、存在を否定するような、

こんな冷たい言葉があるでしょうか。

最近も、ライン・グループからハブかれるなどしていじめられ、

命を絶った少女がいました。

少女は、どんなに「ボッチ」になるのが辛かったか、

胸がつぶれる思いです。

「あなたは、ひとりぼっちじゃないんだよ。」と言ってあげたい。

でも、実際にハブかれた本人でなければ、

その辛さはわからないでしょう。

ネット社会のいじめの怖さを思わずにはいられません。

 

「コショク」という言葉も、最近よく耳にします。

つまり「個食」。

ひとり暮らしの高齢者や、共働きの家庭の子どもたちが

人で食べる食事のことです。

令和となった今日、食卓を家族みんなで囲んだ光景は、

もはや昭和のアーカイブス入りかも知れません。

 

何だか、生きにくい時代になりましたね。

若い頃、「若い頃はよかった」という人にはなりたくないと

思っていました。

でも、今、しみじみ思います。

携帯もゲームもない、暗くなるまで外で遊んだ、

昭和のこどもでよかったな…って。

 

 

 

 

 

 

 

「食べることは生きること 生きることは食べること」

NHKの「きょうの料理」の講師で、

「ばあば」と呼ばれて親しまれている鈴木登紀子さんは、

御年94歳にして現役の料理研究家です。

上品な口跡も姿も、とてもお歳には見えません。
「きっと順風満帆の人生なんだろうな」と羨ましく思っていましたが、

先日のテレビ番組で、85を過ぎてから複数のがんを患い、

今も闘病中で、心筋梗塞にもなったと知りました。

 

「みんな、びっくりしてちょうだい」と、

大量の薬をテーブルに広げられたのには、本当にびっくりしました。

びっくりしたのは、薬が大量だったからではありません。

ばあばが、まるで他人事のように、むしろ楽し気だったことです。

司会者が心境を尋ねると、

「だって、むこうからやって来るんだから、しょうがないじゃない。

私は呑気なのね。」と答えていました。

そう語るばあばの顔は、とても穏やかで綺麗でした。

いいお顔でした。

 

リンカーンの言葉でしたか、

「40過ぎたら、自分の顔に責任を持て」と言われます。

生まれつきの顔の造作は何ともしがたいですが、

こんないい顔になりたい、と思ったことでした。

 

「食べることは生きること。生きることは食べること」

ばあばの言葉です。
あと何回ごはんを食べられるのか、誰にも分かりません。

「ただ空腹を満たすだけのごはんなら食べないでおこう」

「一食一食を大切にしよう」と思いました。

でも、やっぱり空腹には勝てませんね。

ついさっき、空腹を満たすだけのバナナを食べちゃいました*1

*1:+_+

人生は「チョコレートの箱」?「風まかせ」?

 モテないキャラのお笑い芸人・山里亮太さんと、

モテ女優と評判の蒼井優さんの結婚のニュースは

意外過ぎて、びっくりしました。

でも、二人そろっての記者会見は、とても自然で微笑ましくて、

お似合いのカップルだなあ…と胸がキュンキュンしました。

山里さんの「一生懸命やってきたら、こんなご褒美があった」

というコメントには、実感がこもっていましたね。

若き日のトム・ハンクス主演の映画「フォレスト・ガンプ 一期一会」に

こんなセリフがあります。

「人生はチョコレートの箱。開けて見なければわからない。」

山里さんは、まさに、こんな心境だったのではないでしょうか。

 

映画の冒頭とラストは、一枚の鳥の羽根がクルリクルリと風に乗って飛ぶ

印象的なシーンでした。

羽根はどこへ飛んでいくのか、どこに着地するのか、風まかせ。

人生もまた同じだ、ということを伝えているのでしょう。

 来し方を振り返ると、追い風もあれば、逆風もありました。

竜巻に巻き込まれたような日々もあれば、

無風の穏やかな日々もありました。

これから先も、いろんな風に吹かれて生きて行くのでしょうね。

 

「風」と言えば、ちょっと話は逸れますが、

最近のマスコミの動きを見ていると、「風向き」ということを

思わずにはいられません。

それまで絶賛していたのに、ちょっとしたきっかけから

一斉にバッシングが始まる。

一方では、これでもかとバッシングしていたのに、

掌を返したように持ち上げ始める。

まるで風向きによって、なびく向きが変わるススキのようです。

でも、ススキをなびかせるのは自然の風ですが、

マスコミの風向きは、人間が作っているのです。

どのチャンネルを回しても同じ論調で、

それを観ている私たちも、同じ方向になびいています。

これって、ちょっと怖いな、と思いませんか?

「風評」という言葉もあります。

何が真実か、分かりにくい世の中ですが、

風に足をさらわれないようにしたいものですね。