大坂なおみさん、全米オープンテニス優勝おめでとう!

大坂なおみさんは、絶対やってくれると思ってました!

伸び盛りの20歳の勢いは、

セリーナ・ウィリアムスにも止められなかったでしょう。

スポーツ界は、嫌な話題が続いていただけに、

嬉しいニュースでしたね。

 謙虚でチャーミングな彼女に、日本中の、いえ世界中のテニス・ファンを

虜にしてしまったのではないでしょうか。

 

虜と言えば、運動嫌いの私が

どういうわけかテニスの虜になって、20年も熱中しました。

きっかけは、オープンしたばかりのスポーツ・ジムを

興味本位で覗いたことが始まりです。

友人とふたり、一通りマシンを体験すると、

すぐに飽きてしまって、ぼんやりしていたら、

体育館でマシンによるテニスの打ちっぱなしが始まりました。

「あれ、おもしろそう! やってみよっか。」

すぐに話はまとまって、ラケットを買いに

スーパーへ走りました。

スポーツ用品店ではありません。

スーパーの二階の一角に、チョロチョロッと

テニスのラケットも並んでいたのです。

店員さんにアドバイスをしてもらおうとしたら、

「硬式ですか? 軟式ですか?」と聞かれました。

「えっ…、知りません…。」

翌日、出直して、特価の9800円の硬式ラケットをゲットし、

「一生ものだよね。」と、抱きしめました。

 

そんな私でしたが、すぐにテニスに夢中になり、

スクールにも通い、一生ものだったはずのラケットも

何本も買い換えました。

テニスというと、当時はまだ優雅なイメージがありましたが、

公共のテニスコートを借りて仲間で割るので、一人あたり

何百円の世界ですし、ウエアも、その辺のTシャツです。

何とも庶民的なテニスでした。

 

年に一度、仲間と「強化合宿」と称して、

テニスコートのあるホテルや、ゴルフ場の宿泊施設で

終日テニスを楽しみました。

食事の時も、話題はテニスのことばかり。

子どもの自慢も、夫の不満も、近所付き合いの愚痴も出てきません。

おばさんばかりのグループでしたが、

気持ちは、高校生のテニス合宿そのものでした。

 

グループの最年長のお姉さまは、私より17歳、年上でした。

控えめで、上品な方ですが、テニスとなると別人のように

闘志を燃やされるのです。

お歳を気遣って、ちょっと甘いボールを出そうものなら、

バシッと打ち返されたりして、後悔したものです。

ゲームに負けると実に悔しそうでしたし、

勝つと、私の手を握ってブンブン振り回し、

「勝った、勝った!」と大喜びされました。

 

ある時、まじめな顔で、こう言われました。

「私ね、死に装束決めてるの。新しいテニスウエアを

用意してるのよ。」

それを聞いた私たちは、一瞬、絶句して(その姿を想像して)

それから大爆笑になりました。

「その時は、みんなで、テニスボールを一個ずつ

棺に入れてあげるわね。」

「いやいや、あなたが一番長生きするわよ。」

などと、その場は大いに盛り上がりましたが、

お姉さまの目は、笑っていませんでした。

それから間もなく、ご主人に止められたとかで、

あんなに好きだったテニスを引退されました。

最後の日、涙を拭きながら体育館から出て行かれる姿が

目に焼き付いています。

 

私も、今はテニスから遠ざかってしまったけれど、

あれほど夢中になるものがあったことは、

幸せですね。

宝物のような日々でした。